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アプリケーション

CM20を用いたヒトiPS細胞株間の比較解析 第三弾:iPS細胞株間で見られた肝臓オルガノイドへの分化効率のバラつきの低減


はじめに

近年、ヒトiPS細胞からオルガノイドと呼ばれる立体組織を試験管内で創出し、さまざまな健常者・患者に由来するiPS細胞を活用してその機能の違いや個体差を目的の器官・臓器のオルガノイドを用いて評価することを通じて、疾患のゲノム背景や患者ごとの疾患素因に迫ろうとする研究が世界中で展開されています。しかしながら、iPS細胞には株間で分化能や増殖の速さなどの性質にバラつきがあるため、多検体のiPS細胞からオルガノイドを質・量の観点で安定して、かつ、再現性よく分化誘導するには熟練者でも多くの労力が必要です。本アプリケーションノートでは、このようなヒトiPS細胞株間で見られる分化効率のバラつきに対して、分化誘導プロトコルではなく、「iPS細胞の維持培養」そのものを見直すことで解決可能か、という課題に取り組みました。

CM20で取得したヒトiPS細胞株ごとの増殖特性データの活用

取り組みの第一弾として、肝臓オルガノイドへ分化誘導したい、異なるドナーに由来する12株のヒトiPS細胞を対象に、オリンパスのインキュベーションモニタリングシステムCM20を用いて、未分化な状態で日常的に維持しているiPS細胞の状態を長期的かつ定量的にモニタリングすることで、特定のiPS細胞株に増殖過程の差や継代間における増殖スピードの不安定性が存在することを突き止めました。続く第二弾では、このヒトiPS細胞12株から肝臓オルガノイドへ分化誘導させた際に、オルガノイドの形成効率や分化効率にiPS細胞株間で差が生じるかについて、複数回の試行にわたって調べました。その結果、維持培養におけるiPS細胞株間の単純な倍化時間の違いからでは、形成される肝臓オルガノイドの良し悪しは判断できないものの、増殖初期の何らかの違いによって、その後のオルガノイドへの分化効率が大きく左右されていることが示唆されました。

そこで、本アプリケーションノートでは第一弾の取り組みで取得した維持培養時の増殖過程に関するCM20のデータを活用し、肝臓オルガノイドへの分化効率の低い特定のiPS細胞株がその増殖初期において、他のiPS細胞株と比較してどのような違いがあるのかを探索します。さらに、その知見をもとにして維持培養の条件を修正することにより、分化抵抗性を示すiPS細胞の分化効率の改善が可能かどうかを検証することを目的に実験を行いました。

データ解析に基づく結果と考察

これまでに検討してきた12株のiPS細胞株のうち、特にI株とJ株が肝臓系譜への分化抵抗性を示すiPS細胞であることは特定していました。そこで、I株やJ株のような分化抵抗性株と、問題なく分化能を示すiPS細胞株との間で、維持培養の初期における細胞の挙動にどのような違いがあるのか、CM20で取得した経時画像を対象に解析しました。興味深いことに、分化能のあるiPS細胞株(例えばL株)は、増殖初期に接着した細胞の多くからコロニーが形成されてくるのに対して、I株とJ株は接着した後に高い割合で細胞死が生じ、結果的にコロニー形成効率が大きく下がっていることが観察されました(図1A,B,C)。この傾向は、複数の継代に渡って再現よく観察されたことから、「分化抵抗性を示すiPS細胞株において、維持培養の初期において細胞死が高頻度で生じ、その結果得られるiPS細胞コロニー数が少なくなることが原因で、最終的に肝臓オルガノイドの分化効率の低下が起こっている」のではないかと考えました。

そこで、最終的に得られるコロニー数が、分化能を示すiPS細胞株と同等になるよう継代時における播種細胞数を増やして分化抵抗性iPS細胞の維持培養を行い、さらにこの培養から肝臓オルガノイドの分化誘導を試みました。具体的には、まず、継代時の播種細胞数を5-10倍程度増やすことにより、分化抵抗性iPS細胞の維持培養におけるコロニー形成数を通常プロトコルと比べて多く確保できることを確認しました(図2A)。加えて、この条件で維持培養したI株やJ株から肝臓オルガノイドを作成してみると、これまでの規定維持プロトコルを採用していたときにはほとんどできなかったオルガノイドが十分に出現してくること(図2B)、さらには、分化マーカー等の観点から肝臓オルガノイドに分化していること(データ未掲載)がわかりました。以上のようなCM20を用いたモニタリングを通じて、分化抵抗性を示すiPS細胞に対して、維持培養における初期段階を改善することが肝臓オルガノイドへの分化効率を高めることに有用な手段となり得ることが強く示唆されました。

(A)I株

(A)I株

(B)J株

(B)J株

(C)L株

(C)L株

図1 ヒトiPS細胞株ごとの維持培養の初期における細胞の挙動

(A) ヒトiPS細胞3株について、通常条件と播種数を増やした条件で維持培養した時の増殖過程のCM20モニタリング結果。

(B) 分化抵抗性を示したI株とJ株を播種数増加条件で維持培養した後に、分化誘導した際のオルガノイドの形成。比較として、分化能を確認しているL株を通常条件で維持培養し、分化誘導した場合のオルガノイドも示した。

図2 iPS細胞の維持培養時の播種密度がオルガノイド形成に与える影響
(A) ヒトiPS細胞3株について、通常条件と播種数を増やした条件で維持培養した時の増殖過程のCM20モニタリング結果。
(B) 分化抵抗性を示したI株とJ株を播種数増加条件で維持培養した後に、分化誘導した際のオルガノイドの形成。比較として、分化能を確認しているL株を通常条件で維持培養し、分化誘導した場合のオルガノイドも示した。

結論

一般的に、オルガノイドを扱う研究者は、「iPS細胞からオルガノイドを分化誘導する過程」を最適化することにもっとも労力を割いており、複数のiPS細胞に由来するオルガノイドを比較検討する際に、それぞれのiPS細胞の維持培養に注目することはほとんどありませんでした。今回の研究によって、iPS細胞の維持培養における増殖初期の状態が、その後の分化誘導効率に大きな影響を与えることが明らかになりました。これは、多検体のオルガノイドを評価する研究を目指す上では、オルガノイドの分化誘導プロトコルの開発に加えて、個々のiPS細胞の維持培養におけるプロトコルも最適化する必要があることを示唆しています。過去の複数回にわたる経時的な培養データをストレージし、かつ定量的に扱うことが可能なCM20を活用することにより、今回のような「過去のデータに学ぶ」きっかけや「細胞の動きに学ぶ」モチベーションをもって新たにさまざまな知見を得られ、採用している実験プロトコルを改善、効率化していくことが可能だと考えられます。

先生からのコメント

武部貴則教授(左) 米山鷹介助教(右)

武部貴則教授(左)
米山鷹介助教(右)
東京医科歯科大学 統合研究機構
創生医学コンソーシアム 臓器発生・創生ユニット

「あの実験会の時のiPS細胞の状態を見たい」と思ったときにすぐさまデータを振り返ることができることもCM20の有用な特徴と感じました。iPS細胞の維持培養時のコンディションが後々の分化効率に影響してくることを単なる体験で終えることなく、scientificなデータ解析を通じて知ることができたのは、我々のラボにとっても大きな財産となりました。

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