共焦点顕微鏡における検出方法
共焦点顕微鏡は、厚い組織標本におけるタンパク質の発現と相互作用を調べる代表的な技術です。視野全体から放出された光子(焦点面の外部からの光子を含む)を取り込む広視野の落射蛍光顕微鏡とは対照的に、共焦点顕微鏡はピンホールを使用して焦点の合わない光を排除することで、焦点の合った組織表面のみからなる、光学的に分割された画像を生成します。
共焦点法は、厚いサンプルの鮮明な高解像度画像を取得するには有効ですが、ピンホールに起因する光の損失がどうしても避けられないため、SN比の高い画像を取り込むことが困難になっています。このため、顕微鏡のピンホール以外の光路部分の効率を高めて、画像の生成に必要なレーザー暴露を最小限に抑えるとともに、出射された光子を可能な限り多く検出することを確実なものとすることが重要です。
フィルター光検出技術と分光光検出技術の違い
フィルターベースの検出では、光電子増倍管(PMT)の前にバンドパスフィルターを配置して検出器に到達する光の波長を選択します。分光ベースの検出では、格子またはプリズムを使用して放射光線のスペクトルを生成するので、検出したい発光スペクトルの帯域(1つまたは複数)を細かく調整することが可能になります。
分光ベースの検出を用いると、放射光線のスペクトル全体を特定の帯域幅とステップサイズでプロファイルする「ラムダスキャン」も実行できるようになります。
分光ベースの検出方法を用いると実験の自由度が高まりますが、従来は感度が犠牲になっていました。分光ベースの検出では自由度が高くなりますが、フィルターベースの検出では一般的に効率が高くなります。
顕微鏡における分光学の起源
スペクトルを発生させるために、分光検出技術は2つの方法、すなわち反射型回折格子システムとプリズムベースのシステムに依存してきました。反射技術は、1990年代後期に、最初に市販された共焦点顕微鏡に搭載される形で初公開されました(図1)。その後間もなくプリズムベースの共焦点システムが販売されました。
先に述べたように、分光検出法はフィルターベースの方法に比べて効率が低くなる傾向にあります。この効率の違いの原因として、次の3つの要因が挙げられます。
- 高次回折の損失:光が回折格子で反射するとき、複数次の回折が生成されます。検出パスを通過するのは1次回折だけなので、これより高次の回折は失われてしまいます。
- 偏光依存的損失: 光の反射は偏光状態によって異なり、反射型回折格子の場合、P偏光の回折効率はS偏光の回折効率より小さくなります。
- 反射型回折格子の波長依存的効率: 回折効率は特定の波長で最大に達し、それより波長が短くなっても長くなっても効率は悪化します。
反射型回折格子は、これら3つの要因すべてを欠点として持ち合わせているため、最も効率の悪い分光検出法であるといえます。プリズムベースの検出法では高次の光回折の損失という問題を克服できますが、比較的長い波長では分光分解能が損なわれます。これらの欠点があるため、どちらの技術もフィルターベースの検出システムに完全に置き換えられてはいません。
体積位相ホログラム:格子に対する違ったアプローチ
ほぼ20年の間、すべてのメーカーが製造する共焦点顕微鏡は、反射型回折格子とプリズムベースの技術によって、ほとんどの分光分析学用途に対応してきました。しかし、像形成の手段として分光学に依存しているのは顕微鏡だけではなく、天文学でも同じことが言えます。天文学における分光学は、関心が持たれている天文学的対象(銀河やその他の天体など)も紫外線から赤外線にわたる光を発しており、天文学者はこれらの光の成分を識別してそれらの正確な画像を構成する必要があるという点で、顕微鏡における分光学と似ています(図2)。
天文学者が画像を作成するために使用する重要な技術の1つが、Volume Phase Holographic diffraction grating(VPH) です。表面レリーフ格子が光を反射して光のスペクトルを生成する代わりに、VPHを活用した透過型回折格子では、格子に光を透過させて入射光をスペクトル成分に回折させる、透過アプローチを使用しています(図3)。透過型回折格子(VPH)を用いた天文学の新手法が2000年ごろに初めて公表されると、この技術は急速に普及していきました。以後、非常に大規模な透過型回折格子(VPH)が、分光分析を行うために世界最大の研究室のいくつかに設置され、好成績を収めています。
2016年、VPHを使って透過型光回折を可能にするTruSpectral分光システムを備えたFLUOVIEW FV3000共焦点顕微鏡が市場に投入されたことで、VPH技術が市販の顕微鏡に初めて搭載されました。顕微鏡に透過型回折格子(VPH)を使用する利点として、以下が挙げられます。
- 偏光感度が低い
- 散乱が少ない(高効率)
- スペクトル全体にわたって透過率が高い(反射型回折格子と比較した場合、特に赤色において)
- フィルターより自由度が高い
TruSpectral分光システムは透過型回折格子を使用しているので、従来型の分光検出方法に一般的に関連する課題の多くを克服しています。例えば、反射型回折格子では概して著しい損失が生じるのに比べて、偏光依存性のロスはわずかです。加えて、VPHは回折効率の波長依存性を排除します。反射型の回折格子は角度が固定されているので1つの波長にしか最適化することができませんが、VPHは角度を制御してあらゆる検出波長に最適化することが可能です。これにより、スペクトル全域にわたり、特に長波長側で、透過効率を高めることができます。
透過型回折格子(VPH)がFV3000顕微鏡で動作する仕組み
当社がFV3000共焦点顕微鏡に搭載したTruSpectral分光システムにVPHを使用する拠り所となったのは、以下の3つの機能です(図4)。
- 検出中の光の波長に対してVPHの角度を自動的に最適化する電動角度調節
- VPHが生成するスペクトルの特定の範囲をPMTに誘導する、調節可能な電動ラムダ反射鏡
- 1nmから100nmまで1nmステップサイズで自由に調節可能な、PMT直前に配置された電動調節スリット
これらの機能が調和して機能することにより、400nm~800nmにわたる高解像度の線形分光検出が可能になります。
赤色色素を使用する蛍光イメージングにTruSpectral分光システムを使用するメリット
VPHによって自由度が増すだけでなく、検出システムの透過効率が、特に、観察に適した赤色~近赤外ウインドウにおいて著しく改善されます(図5)。
赤方偏移色素は、赤方偏移光は光毒性が低く、組織内のより深部まで透過でき、マルチプレキシング性能を拡張することから、イメージング用途にますます普及してきています。しかし、赤色蛍光体は反射型回折格子やプリズムを用いた場合の透過効率や分光分解能が悪いため、多くの場合、従来式の分光ベースのイメージング技術を使用して像を取得することが困難です。VPHベースの分光検出なら赤色光の透過率を高めることができるだけでなく、得られるスペクトルの精度と分解能も維持されるので、800nmに至るまでの全域において正確な1nm分光分解能を得ることができます。
図5:FV3000顕微鏡のVPHベースのTruSpectral分光システムとFV1200顕微鏡に使用されている反射型回折格子の透過効率の比較。透過型回折格子(VPH)を使用すると、従来式の分光検出方法に比べて最大で3倍高い透過効率が得られます。
この進歩はFV3000顕微鏡を完全に分光ベースのシステムとして設計・構築することを可能にする透過型回折格子(VPH)によって実現されますが、このことは、すべての検出器が図4に示したVPHベースのTruSpectral分光システムを使用することを意味しています。独立したチャンネルを備えた完全な分光システムを使用すると、さまざまな強度の多重信号を分離して明るい蛍光と薄暗い蛍光の両方を同時に検出することができるようになります(図6)。
図6:COS-7細胞のスペクトルを「ラムダスキャン」すると高度に重なった信号を明確に分離することができます。
天文学から顕微鏡まで、透過型回折格子(VPH)は分光学的実験を実施するための強力なツールであることが証明されています。この旅の次の目的地はどこになるのか、引き続きご注目ください。
図7:天文学と顕微鏡における分光学の応用の比較。上図:銀河内部の異なる天体から放射される光のスペクトル分離。下図:細胞内部の4つの異なる構造のスペクトル分離。上図の画像提供:NASA、ESA、Dan Maoz氏(テルアビブ大学、イスラエル、およびコロンビア大学、米国)