World Alzheimer Report 2021によると、2050年までに世界で1億5200万人が認知症になると予想されており、認知症は既に世界で5番目に死亡率の高い病気となっています。アルツハイマー型認知症(AD)は一般的に認知症と呼ばれ、認知症患者の60~70%を占めると言われています。ADは、神経系の変性疾患であり、原因は不明です。ADの病態は十分に解明されておらず、有効な治療法もありません。
ミエリン(髄鞘)は、脳の白質を構成する重要な成分で、軸索の絶縁や神経インパルスの伝導を促進するなどの機能を持っています。これまでの研究で、成体マウスにおけるミエリン形成が空間学習記憶と密接に関係していることと、ミエリン形成の低下が加齢に伴う記憶機能低下の重要な原因であることが明らかになっています。[3-5]
陸軍医科大学基礎医学部のFengMei(梅峰)教授のチームは、最近の研究で、ADにおけるミエリンの動態変化とADにおける重要な役割を、脳切片の広範囲撮影や高解像なイメージングを用いて明らかにしました。今回は陸軍軍医大学基礎医学部から陈婧菲先生と、梅峰教授に主な研究成果や研究経験について、Kai Jin(EVIDENT CHINA)とHongxia Zheng(Chengdu Zhixin Technology Co. Ltd. )がお話を伺いました。
質問(以下Q)1.アルツハイマー型認知症(AD)の脳では、ミエリンはどのような変化と意義を持つのでしょうか。
A:細胞特異的蛍光レポータートランスジェニックマウスを用いて、APP/PS1(ADモデル)マウスの脳で形成されたミエリンを観察し、ADマウスの脳における独特なミエリンの動態を明らかにしました。条件付きノックアウトマウス、行動研究、電気生理実験などの方法で、ミエリンのターンオーバーが促進されると、ADマウスの記憶喪失と海馬の生理機能障害が軽減できることが証明されました。
研究の主な結果は、ADマウスの脳におけるミエリンの再生が、広範囲の脱髄によって増強される可能性があります。ADモデルマウスの脳における新生ミエリンの形成量は累積的に増加する可能性がありますが、広範囲な脱髄を補うには不十分です。
遺伝子組み換えや薬理学的介入によるミエリンの形成促進は、ADによる現象を効果的に改善することができます。すなわち、APP/PS1(ADモデル)マウスのミエリンの形成促進は認知機能を改善するといえます。
Q2.研究を進めるうえで、顕微鏡観察の技術的な困難はどのようなものだったのでしょうか。
A:私たちのグループでは、大脳皮質・海馬・脳梁などの複数の脳領域の画像取得が必要であり、脳スライスの迅速な多次元マルチチャンネルスキャンのイメージングが必要になります。特に、細胞特異的な蛍光レポーターを持つトランスジェニック脳スライスは、蛍光シグナルの褪色を最小限にする必要があります。
その結果、イメージング機器にはいくつかの要求が生まれました。
- 細胞特異的な蛍光レポーター遺伝子のシグナルは弱く、褪色しやすい為、高感度かつ高速撮影が必要でした。
- 様々な脳領域が関与するため、多点でのミエリン鞘の変化を観察する必要があります。視野の選択に主観が入らないようにするためにも、広いエリアを貼り合わせする必要がありました。
- ミエリン、ミクログリアなどはいずれも立体構造を持つため、Z軸方向での高い分解能を有して三次元撮影をする必要がありました。
初期の段階では、従来のシングルポイント走査型共焦点顕微鏡を主に使用して実験を行っていました。シングルポイント走査型は単一の視野において高画質撮影が可能ですが、その原理から広い範囲の撮影には時間がかかり、多数の区画の貼り合わせには時間がかかるという制限があります。また、標本への光照射による褪色の影響もありました。
検討を重ねた結果、スピニング型共焦点レーザー顕微鏡であるIXplore Spinが高速スキャン・低光毒性・自動化された機能が実験時間を大幅に節約することが分かりました。
Q3. IXplore Spinシステムは、実験結果取得においてどのような役割を担っているのでしょうか?
A:従来のシングルポイント走査型共焦点顕微鏡と比べて、IXplore Spinは画像取得速度が30倍以上速いという事実があります。仮に、従来のシングルポイント走査型共焦点顕微鏡では3~4時間かかっていた場合、IXplore Spinではわずか約10分で完了します。したがって、スピニングディスク型共焦点システムIXplore Spinの使用は、効率的なスキャンシステムであるといえます。
研究では、約60匹のマウスの全脳スライスを撮影する必要がありますが、IXplore Spinを使用することで人による労力を大幅に削減し、迅速なプロジェクト遂行を可能にしました。同時に、スピニングディスク型共焦点顕微鏡は、高感度な撮影で光毒性も低く、蛍光標本へのダメージを抑えられることで、繰り返しでの撮影も可能となります。そして、全脳スライスの撮影は、異なる脳領域に関連する情報を保持することができます。
参考文献
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Feng Mei教授について
Feng Mei教授 | Feng Mei教授はカリフォルニア大学サンフランシスコ校にて博士号を取得し、現在は陸軍軍医大学にて准教授に就いています。Feng Mei教授のグループは脳の発達や疾患におけるミエリンの動的変化の役割を長年にわたって研究してきました。2021年6月8日付のNeuron誌オンライン版に「Enhancing myelin renewal reverses cognitive dysfunction in a murine model of Alzheimer's disease」と題する論文を発表されました。 |